Cosmology
Chiyū Chiyū Uemae, Cosmology
由 →
Hong Kong
Pictures of the exhibition
Chiyū Chiyū Uemae, Cosmology
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Hong Kong
Story of the exhibition
上前智祐「コスモロジー」
「有史前より人類は星空を鑑賞してきた。今も私は星の点々で描かれた膨大な画面を見ていると、人間社会の色々な出来事を忘れて、優雅な雰囲気に包まれる。」
上前智祐
孤高の画家、上前智祐は抽象表現を介して人類学的な概念から、彼と彼を取り巻く万物、時間と空間、存在とエネルギーを「コスモロジー」と捉えた。
上前は具体美術協会設立から解散までグループに在籍していた数少ない具体アーティストだ。本展覧会、「コスモロジー」は点描や縫いの集積から成る作品に焦点を当て、1950年代から2000年代の幅広い時代の作品16点を展示する。絵具と布の物質性の探求、そこから生まれる上前の芸術的行為からは作品を制作することにより生命を保っていた上前の行為・行動が垣間見れる。
上前は1920年に京都府の寒村に生まれた。父親とは早くに死別し、母親は体が弱く、上前も長くは生きないと言われていた。山の生活で自然と戯れながら生活し、小学校ではモノづくりを覚えた。しかし過酷な貧困ゆえ、同県の着物の洗い張りの店に奉公に出され、中学校には行かず家族を支えるために肉体労働に従事した。この、非芸術的な生い立ちと日常とは裏腹、上前は天性の絵の才能の恵まれた。それを惜しむ事なく受け入れ、吉原治郎と具体美術との出会いによって開花した。
具体美術協会は吉原治郎のリーダーシップにより1954年から72年まで続いた日本の戦後前衛美術のグループである。敗戦からの文化的、社会的復興の気運が高まる中、オリジナリティーを追求したコンセプトの基、作家はアクション性や物質性に焦点あてた芸術実践を重んじた。上前は油絵具から成る、点描の集積の絵画を鮮やかな色彩で生み出した。彼の地道な筆作業の積み重ねをコツコツと素材に刻み込んだ抽象作品は、吉原治郎が具体美術宣言(1956)で唱えた「具体美術は物質に生命を与え、人間精神と物質とが対立したまま握手している。」という具体の本質を突いた作品を多く残した。
彼にとっての日常は「労働」と「制作」が中心であった。上前にとっての生きている現実は過酷な労働であるが、絵を描くことによって彼の正気は保たれた。 彼の生を証明する人間、仕事上の関係性、そこにある時間と空間、存在の意義が抽象画という最も自由な形の集合体として画面に現れ始めた。
“Untitled” (1965/ 1982)では作家の規則正さ、日常のルーティン、反復行動が画面上に現れ、燃えるような赤色の点描の作品として昇華した。彼は溶鉱炉のクレーン運転士として睡眠時間を削ってまで創作活動を続けた。
更に、吉原が唱えた言葉を借りると、「大切なのは結果ではなく、物質の中に自分の軌跡を残すような行動・行為であると考える」。という。一見すると行為性、パフォーマンス性が強くみられる白髪のフットペインティングや田中敦子の電飾の洋服が思い浮かぶ。しかし、上前の絵の具の物質性を濃厚に表す無数の点描から生まれる絶対的抽象は「自分の存在を確認する行動・行為」であり、工場と自宅を行き来する彼の普遍的な日常の一部の軌跡として描いたものではないのか。
具体初期の1958年にはニューヨークのマーサ・ジャクソン画廊での展覧会に出展し、1965年、スタッドラー画廊での具体展など、フランス人評論家のミシェル・タピエの功績もあり西洋諸国で上前の作品は高く評価された。
具体解散後は上前は独自の道へ進み1975年から「縫い」の作品に着手し始める。農民達の仕事着である継ぎはぎされた服、何枚もの布が重ねられ、補強された布、そして重機のクレーンからでる油をふき取る「ウエス」を縫いの作品に使用した。それらの布には、貧しくとも生きる執念が宿り、その物質性に着目し、布、繊維、糸を使用して縫いの作品を1990年代後半まで制作し続けた。
一針、一針、布に描き、作品を構成していく。とても骨の折れる作業であり、終わりは簡単に見えない。布から糸へ、そして針から心へ、そして指へと、その繰り返しの作業から生まれる行為からは時間と労働の集積が物質化、可視化される。その結果、糸の密度が高い縫いの作品が生まれる。
上前は自身の宿命的な苦しい生活の中に存在する現実と、葛藤する経験を作品に昇華し作品に自律性を与えた。そうすることで自らの自己を確立させた芸術家である。「僕の頭には強い劣等感と確固たる優越感が気圧のように流動している」という。上前は常に自身の生のコスモロジーを描こうとしてたのではないか。自己と他者との関係、生命の痕跡、それらの現象を包含する時間と空間、その集合体が彼の手仕事から生みだされる作品となる。
ここでいうコスモロジーは「宇宙論」ではなく、人類学的な意味合いを持つ概念である。人間集団が全体として保有している、人間と事物、時間と空間、存在とエネルギーに関する理論とそれに基づいた行動の集合を意味する。